本は全部読まなくてもいい 読みたいところから読んでいく

読み始めた本をすべて読み終えなければいけない。そんな本が山積みになってる人っていませんか?

書店で本を手に取ったときは満足感でいっぱい。買うだけでなにかを達成したような気になり、家に帰るとあまり読まないという感じです。

自分でわかっていても読み残してしまい、罪の意識を感じつつも次々と新しい本を買ってしまう経験はありませんか?

本を読もう、そう思って本を読み始める。 しかし、内容がつまらないとか頭に入ってこないと感じてしまうことがあります。眠くなってきたし、続きはまた明日にしようと本を閉じます。そして次の日、今日は何をやろうかなと思いながら机の上に目をやると、昨日読んだ本が置いたままになっています。続きを読むことなくチラっと表紙をみるだけで、何か別のことをやり始めます。

そうこうしているうちに数日がたち、ヒマつぶしに本屋に向かう。何冊かの本を手に取ってパラパラと適当に読み始める。すると「この本いいね、家でじっくり読んでみよう」とそのままお会計へ。

帰宅するとさっそく買ってきた本を見始める。一章、二章と読み進めていく。途中でふと気づくと、「本屋で見たおもしろい部分はどのあたりだっけ?」と目次をひらき、買う前におもしろいと感じたページを確認する。

これが知りたいとかおもしろいという部分だけを読んでいく。長編小説などの場合だとストーリーが飛んでしまい、話の全体像がつかめない。ある程度の章単位で内容が区切られている本の場合は読みたい章を読んで満足できてしまう。いずれの場合も本の内容すべてを読まずに、飛ばし飛ばしで読んでしまいます。そして、この本はまだ全部読んでないから近々また読もうと思い、机の片隅に置いておく。

そして数日がたち、また出先の本屋で新しい本を仕入れてくる。新刊であれ中古本であれ、新たに手に入れた本はいままでどおりすべて読まれることなく、読みかけた以前の本の上に積み上げられていく。

こういうループが続き、本棚には本がぎっしり溜まっていきます。しかも読まない本にはどんどんホコリがたまっていきます。

でもちょっと待ってください。数ある本の中でこれはいいものだと選んで買ったとしても、本の中身すべてを読む必要があると言えるのでしょうか?

イギリスの哲学者のフランシスベーコンは『味見の為の本があり、丸呑みする為の本もある。そしてごく少数の本だけが、かみしめ、消化する為にある。』という言葉を残しています。アメリカの哲学者ウィリアム・ジェームズも読書にについて『読書のコツは拾い読みにある。従って、賢明になるコツは何を捨てるかを知る術にある。』と言っています。

読まなくなった本が机の上に積み重なり、どんどん手に負えなくなっていく。本棚に入れようと思って本棚に目をやると、すでに満杯で新たな本を入れるすき間はない。しだいに新しい本を買っても気晴らしにならなくなり、本に対して楽しい気持ちがなくなっていく。

本を読んでいくうちに飽きていく場合もよくあります。上の空で文字だけを見ているような感覚でぜんぜん頭に入ってこない。これも最後まで読まなければいけないという罪悪感が先行してしまい、読みたくないという自らの本心に気づいてないのかもしれません。

そこであることを実行してみることにしました。それは、

自分が知りたい内容の本を選び、最後まで読む本を厳選する。

ことと、

全部読む価値がないと感じた本は読みたいところだけ読む。

ということです。

現状のままだといつまでたっても最後まで本を読まない罪悪感を抱え続けることになって、しかも新しい本を読む意欲すらなくなってしまうので悪循環を断ち切るにはこれくらいでいいと思うんです。

最後まで読まない本があってもいい。その本は今の自分にとって必要がないものだと割り切ることで最後まで読める本を着々と消化していけばいいのです。

最後まで読める本を選んで読む、最後まで読まなくてもいい本をかいつまんで読む、これでそれぞれの本から一定量の価値を学ぶことができます。この作業を継続していくうちにやがて読み飛ばしていた部分も自然と読む気になっていたりするんです。文字を読んでいるうちに自分の状態が変化していることもあるからです。

知識が増えるにつれて興味や関心が変化していくことはよくあることです。興味があるうちに読みたいところを飽きるほど読みまくってみてください。

価値がある情報がないと感じたり内容が頭に入ってこないときはその本を読んでも時間の無駄です。今の自分に合う本を探して有効な時間を使いましょう。